財務体力を強化する実践的手法と経営改善への道筋(後編)

前編の振り返り:なぜBSが重要なのか

前編では、損益計算書(PL)を「成績表」、貸借対照表(BS)を「健康診断書」に例えて、両者の違いと関係性を解説しました。

また、財務体力を測る3つの重要指標(自己資本比率、流動比率、現金・預金残高)についても触れました。

後編では、これらの指標をどう改善していくか、そして経営企画室の視点から見た財務分析の実践的活用法について、より具体的にお伝えします。

利益を上げ続けることが、真の経営力の証明

「利益を上げる」——当たり前のように聞こえますが、これこそが経営の本質であり、最も難しいことでもあります。

なぜなら、利益を上げ続けることは、単に「今期の成績を良くする」だけでなく、**「将来の選択肢を広げる」**という長期的な意味を持つからです。

財務体力があると実現できる4つのこと

1. 積極的な投資ができる

財務体力が充実している企業は、チャンスが来たときに躊躇なく動けます。

実例:ある製造業の成功事例

  • 内部留保を5年間で3倍に増やした中堅メーカー
  • コロナ禍で競合他社の優良設備が売りに出される
  • 即座に現金買収を決断し、生産能力を2倍に
  • 結果、市場回復時にシェアを大幅拡大

このような「千載一遇のチャンス」は、財務体力がなければ掴めません。

2. 不況に強くなる

リーマンショックやコロナ禍のような経済危機は、必ず定期的にやってきます。

財務体力による差:

  • A社(自己資本比率60%):売上半減でも2年間は無借金で耐えられる
  • B社(自己資本比率20%):3か月で資金ショート、銀行交渉に奔走

不況は「体力のない企業を淘汰し、強い企業をさらに強くする」メカニズムなのです。

3. 従業員への還元が可能になる

優秀な人材の確保は、どの企業にとっても最重要課題です。

内部留保の活用例:

  • 業績連動賞与の原資確保
  • 計画的な昇給制度の実施
  • 教育投資・研修制度の充実
  • 福利厚生の拡充

「利益が出たら還元する」ではなく、「還元できる体力を作る」という発想が重要です。

4. 金融機関からの信頼獲得

銀行は「晴れの日に傘を貸し、雨の日に傘を取り上げる」と言われます。

財務体力による融資条件の違い:

  • 自己資本比率40%以上:プロパー融資、低金利
  • 自己資本比率20%以下:信用保証協会付き、高金利
  • その差は年間数百万円の金利負担差に

財務体力は、資金調達コストを下げる最強の武器なのです。

経営企画室の視点:BSを使った戦略的経営分析

経営企画室や財務部門の方々にとって、BSは単なる「結果報告書」ではありません。未来を設計するための戦略ツールとして活用すべきです。

1. 中期経営計画への活用

内部留保の成長シナリオ作成

5年後の目標設定例:

現在の内部留保:1億円
目標内部留保:3億円
必要な年間利益:4,000万円
必要な売上成長率:年15%

このように逆算することで、具体的な行動計画が立てられます。

設備投資計画の最適化

投資判断の基準:

  • ROA(総資産利益率)が10%以上見込める案件のみ実行
  • 減価償却期間と投資回収期間のバランス評価
  • キャッシュフローへの影響を3年間シミュレーション

2. 部門間比較分析

複数の事業部門を持つ企業では、部門別BSが重要な経営指標になります。

部門別評価指標の例:

事業部門売上高営業利益率資産回転率ROA評価
A事業部10億円15%2.0回30%
B事業部15億円10%1.2回12%
C事業部5億円5%0.8回4%

このような分析により、どの事業に経営資源を集中すべきかが明確になります。

3. 新事業の投資判断

新規事業を始める際、感覚だけでなく定量的な判断が必要です。

投資判断フレームワーク:

  1. 初期投資額と運転資金の算出
  2. 5年間の収支シミュレーション
  3. 投資回収期間(Payback Period)の計算
  4. 正味現在価値(NPV)による評価
  5. 最悪シナリオでのストレステスト

中小企業でも実践できる財務体力強化の具体策

「大企業の話でしょ?」と思われるかもしれませんが、中小企業こそBSを意識した経営が重要です。

ステップ1:現状把握(1か月目)

まず、自社の財務体力を正確に把握します。

チェックリスト:

  •  直近3年分のBSを並べて比較
  •  3つの重要指標を計算
  •  同業他社との比較(TKCの業種別統計など活用)
  •  問題点と改善余地の洗い出し

ステップ2:改善計画立案(2-3か月目)

現実的な改善目標を設定します。

改善目標の例:

  • 自己資本比率を3年で10%改善
  • 月商2か月分の現金確保
  • 売掛金回収期間を45日から30日に短縮

ステップ3:実行と定期モニタリング(4か月目以降)

月次で実施すること:

  1. 試算表によるBS確認
  2. 資金繰り表の更新
  3. 重要指標の推移グラフ作成
  4. 改善施策の効果測定

戦略MG体験者への特別メッセージ:あの「痛み」を経営に活かす

戦略MGを体験された方なら、忘れられない記憶があるはずです。

「お金が足りない!」——あの焦りを思い出してください。

ゲームで体験した危機を現実の指標で読み解く

第3期:「利益は出てるのに、なぜ手元にお金がない?」
→ これは売掛金と在庫の罠です。BSで見ると、流動比率は良くても当座比率が悪化している状態。

第4期:「新しい設備を買いたいのに、現金が足りない!」
→ 資金調達タイミングの失敗です。設備投資は内部留保と借入のバランスが鍵。

第5期:「借りたいけど、これ以上借りると危険?」
→ 財務レバレッジの限界です。自己資本比率が20%を切ると、現実でも銀行は慎重になります。

戦略MG上級者が実践する財務バランス術

ゲームで上位成績を残す参加者の共通点:

  1. 成長と安定の両立
    • 積極的な借入で成長投資
    • しかし自己資本比率は30%以上をキープ
  2. キャッシュフロー重視
    • 利益だけでなく、現金残高を常にモニタリング
    • 売掛金の早期回収、在庫の適正化
  3. リスク管理の徹底
    • 最悪シナリオでも資金ショートしない計画
    • 複数の資金調達手段を準備

これらは、すべて現実の経営でも通用する原則です。

科学的どんぶり勘定への橋渡し

ここまで、従来の財務諸表(PLとBS)を使った経営分析について解説してきました。

しかし、これらの指標には限界があります:

  • 過去の結果しか見えない
  • 具体的な改善アクションが見えにくい
  • 現場の感覚と数字が乖離しやすい

そこで必要になるのが、**経営者の直感と数字を融合させる「科学的どんぶり勘定」**というアプローチです。

従来の会計が「過去の成績表」なら、科学的どんぶり勘定は「未来への道しるべ」。戦略会計STRACの6要素を使えば、「どこを改善すれば利益が最大化するか」が手に取るようにわかります。

まとめ:財務体力なくして、持続的成長なし

BSは会社の「健康診断書」であり、「体力測定結果」です。

覚えておくべき3つのポイント:

  1. PLの利益はBSの内部留保となり、財務体力を作る
  2. 財務体力があれば、チャンスを掴み、危機を乗り越えられる
  3. 定期的な財務分析と改善活動が、持続的成長の鍵

そして何より重要なのは、今すぐ行動を始めることです。

まずは、次の決算書が出たらBSをじっくり見てください。3つの指標を計算してください。そして、改善への第一歩を踏み出してください。

健全な財務体力は、一朝一夕には作れません。しかし、コツコツと利益を積み重ね、財務体力を強化していけば、必ず「強い会社」「選ばれる会社」「働きがいのある会社」になれるはずです。

次回は、さらに踏み込んで「お金の流れ」を見える化するキャッシュフロー計算書について解説します。PLとBS、そしてCFの3つを組み合わせることで、より精度の高い経営判断が可能になります。

あなたの会社の「真の実力」を、財務諸表から読み解いてみませんか?

実会社を危険に晒さずに、「経営の予行演習」ができる場所

ここまで読んで、「頭では分かったけれど、実際に自社のBSを変えていくのは怖い」と感じた方もいらっしゃるかもしれません。 いきなり現実の会社で大きな舵を切るのはリスクが伴います。だからこそ、安全な環境での「練習」が必要です。

私たちが開催している「戦略MGセミナー」は、まさに経営のシミュレーターです。 座学で学んだ理論を、ゲーム形式で即座に実践。もし判断を誤って赤字になったり、資金ショートしたりしても大丈夫。ここではどれだけ派手に倒産しても実害は一切ありません。

「失敗したらどうなるか」を安全に体験しておくことは、現実の経営における最高のリスクヘッジになります。 会社では実践できない大胆な戦略を、まずはMGで試してみませんか? 数字に強い経営者になるための最初の一歩を、ここから踏み出しましょう。

一般社団法人エデュケーションライフ