前編の振り返り
前編では、一般的な損益計算書の問題点を確認しました:
- 利益が5種類もあって分かりにくい
- 変動費と固定費が混在している
- 過去の記録であって、未来の指針ではない
- 経営判断に使いにくい
そして、たこ焼き屋さんの例で、費用を「変動費」と「固定費」に分ける重要性を学びました。
後編では、この考え方をさらに進化させた「戦略会計STRAC」という革新的な手法をご紹介します。
Part 2:「科学的どんぶり勘定」の正体—戦略会計STRAC
「たくさん作ったら安く作れるのに、儲かっていない?」
製造業やサービス業でよく聞く話があります。
「機械をフル稼働させて、たくさん作れば作るほど、1個あたりのコストは下がる。だから利益が出るはずなのに、なぜか会社全体では儲かっていない…」
「エンジニアの稼働率を100%にすれば、効率的なはずなのに、利益が伸びない…」
この疑問の答えを見つけるには、従来の「原価計算」では限界があります。
そこで注目されているのが、戦略会計STRACという新しい考え方です。
戦略会計STRAC(ストラック)とは
従来の原価計算とは異なり、「固定費を製品に配賦しない」「売れた分だけで利益を計算する」ことを特徴とする会計手法です。制約理論(TOC:Theory of Constraints)の考え方と相性が良く、ボトルネック(制約)を見つけて全体最適を図ることを重視します。
シンプルな6つの指標(P、vP、mP、Q、F、G)で経営状況を把握できるため、「科学的どんぶり勘定」とも呼ばれています。
従来の原価計算の落とし穴
従来の原価計算では、固定費を製品ごとに「配賦(はいふ)」して、製品別の原価を計算します。
IT企業の例で考えてみよう
例:ITシステム開発会社の場合
| 項目 | 金額 |
|---|---|
| 月間固定費(人件費、オフィス費等) | 800万円 |
| 月間対応プロジェクト数 | 40件 |
| 1件あたり固定費 | 20万円 |
従来の原価計算の考え方:
「プロジェクト数を80件に増やせば、1件あたり固定費は10万円に下がる。だから、たくさん受注すれば利益が増える!」
本当にそうでしょうか?
実際に起こること
プロジェクト数を2倍にした結果:
❌ 受注しすぎて品質が下がる
- バグ発生件数が増加
- 修正コストが予想外に膨らむ
- 結果:変動費が増加
❌ エンジニアが疲弊する
- 残業代が増加(固定費のはずが…)
- 離職率が上昇
- 結果:採用コスト・教育コストが増加
❌ プロジェクト管理が粗雑になる
- 納期遅延が発生
- 予算オーバーが頻発
- 結果:顧客との信頼関係が悪化
❌ サポート品質が低下
- 顧客満足度が低下
- 契約継続率が悪化
- 結果:長期的な売上減少
結論:「安く受注できたはず」なのに、全体の利益は悪化してしまった!
IT業界でよくある勘違い
| よくある考え方 | 実際の結果 | 正しい考え方 |
|---|---|---|
| 「エンジニア稼働率100%が理想」 | バーンアウト・離職率上昇 | 適切な余裕時間が必要 |
| 「低単価受注で売上拡大」 | 利益率悪化・品質低下 | 付加価値重視の受注 |
| 「人件費削減でコスト圧縮」 | 外注費増加で変動費化 | 全体最適の視点 |
| 「案件数を増やせば効率化」 | 管理コスト増・品質低下 | ボトルネックを見極める |
戦略会計STRACの基本思想
戦略会計STRACは、この問題を根本から解決します。
核心的な考え方:
- ✅ 固定費は「配賦しない」
- ✅ 「どれだけ売れたか」だけを重視する
- ✅ 全体最適を目指す
つまり、「作った量」ではなく「売れた量」に基づいて利益を計算するのです。
在庫を作っても利益は出ない
従来の原価計算:
製品を1000個作る
→ 固定費を1000個で割る
→ 1個あたり単価が下がる
→ 在庫として資産計上
→ 「利益が出た!」(でもキャッシュは減っている)
戦略会計STRAC:
製品を1000個作る
→ でも売れたのは600個
→ 600個分の売上だけで利益を計算
→ 在庫は「まだ売れていない」だけ
→ 「売れてから利益」(キャッシュと連動)
戦略会計STRACの6つの要素
戦略会計STRACでは、たった6つの指標で会社の収益構造を表現します:
| 記号 | 名称 | 意味 | 例 |
|---|---|---|---|
| P | 販売価格(Price) | 1個の売値 | ラーメン800円 |
| vP | 変動単価(variable Price) | 1個の変動費 | 材料費300円 |
| mP | 付加価値単価(marginal Price) | P – vP | 800円 – 300円 = 500円 |
| Q | 販売数量(Quantity) | 売れた個数 | 100杯/日 |
| F | 固定費(Fixed cost) | 売上に関係なくかかる費用 | 人件費・家賃等50,000円/日 |
| G | 利益(Gain) | 儲け | 最終的な利益 |
6つの指標の詳細説明
P(販売価格)
- お客様に請求する1個あたりの金額
- 値引きした場合は、実際に受け取った金額
- 例:定価1,000円、10%引きなら P = 900円
vP(変動単価)
- 商品1個を作る・売るのにかかる直接的なコスト
- 材料費、外注費、配送費など
- 「売らなければかからない費用」
- P(販売価格)に、v(原価率)をかけたもの
mP(付加価値単価)
- 1個売ることで会社に残る金額
- 「粗利」に近い概念
- この金額で固定費を回収し、利益を生む
- P(販売価格)に、m(粗利率)をかけたもの
Q(販売数量)
- 実際に売れた(現金化した)数量
- 重要:作った数ではなく、売れた数
- 在庫は含まない
F(固定費)
- 売上に関係なく毎月かかる費用
- 人件費、家賃、保険料、減価償却費など
- 「売上ゼロでもかかる費用」
G(利益)
- 最終的に会社に残る利益
- キャッシュフローとほぼ連動する
- 「本当の儲け」
戦略会計STRACの利益計算式
戦略会計STRACの美しさは、この1つの式に集約されます:
G = mP × Q - F
読み方:
- G(利益) = mP(1個の儲け) × Q(売れた数) – F(固定費)
この式の何が素晴らしいのか?
① シンプル
小学生でも理解できる掛け算と引き算だけ。
② 直感的
経営者の感覚と一致する。
- 「1個あたりの儲けを増やす」→ mPを上げる
- 「たくさん売る」→ Qを増やす
- 「無駄な経費を削る」→ Fを下げる
③ 即座にシミュレーションできる
「もし価格を10%上げたら?」
「もし売上が20%減ったら?」
「もし家賃が上がったら?」
こうした「What-if分析」が瞬時にできる。
「科学的などんぶり勘定」の正体
なぜこれが「科学的などんぶり勘定」と呼ばれるのでしょうか?
どんぶり勘定の良さ
✅ シンプル:6つの指標だけで経営が見える
✅ 直感的:経営者の感覚と数字が一致する
✅ スピーディ:複雑な計算不要、その場で判断できる
✅ 実務的:会計の専門知識がなくても使える
科学的な裏付け
✅ 論理的:明確な計算式に基づく
✅ 再現可能:誰がやっても同じ結果になる
✅ 予測可能:未来のシミュレーションができる
✅ 検証可能:結果を数字で確認できる
つまり、「勘」と「科学」の良いとこ取りをした経営手法なのです。
ラーメン屋の例で理解する
前編のたこ焼き屋に続いて、今度はラーメン屋で考えてみましょう。
設定:
- P(価格):800円
- vP(変動費):300円(材料費、容器代など)
- mP(付加価値):500円(800円 – 300円)
- F(固定費):50,000円/日(人件費、家賃など)
1日の売上構造を図で見る

損益分岐点の計算
損益分岐点 = F ÷ mP
50,000円 ÷ 500円 = 100杯/日
- 100杯売れば → 赤字なし(損益分岐点)
- 101杯目から → 1杯につき500円の利益
- 150杯売れば → G = 500円 × 150杯 – 50,000円 = 25,000円の利益
シミュレーション例
ケース1:値上げしたら?
- 新価格:900円(+100円)
- 新mP:600円(900円 – 300円)
- 新損益分岐点:50,000円 ÷ 600円 = 84杯
結果:16杯少なく売っても黒字!
ケース2:材料費が上がったら?
- 新変動費:350円(+50円)
- 新mP:450円(800円 – 350円)
- 新損益分岐点:50,000円 ÷ 450円 = 112杯
結果:12杯多く売らないと黒字にならない
ケース3:アルバイトを増やしたら?
- 新固定費:70,000円(+20,000円)
- mPは変わらず:500円
- 新損益分岐点:70,000円 ÷ 500円 = 140杯
結果:40杯多く売らないと黒字にならない
キャッシュフローとの連動
戦略会計STRACで計算した利益は、そのまま営業キャッシュフローになります。
理由:
- ✅ 売れた分だけ計算(在庫操作なし)
- ✅ 減価償却等の非現金項目を含まない
- ✅ 実際のお金の動きと一致
これにより、従来の会計で起こる「帳簿上は黒字だがキャッシュがない」という問題が解決されます。
従来の会計 vs 戦略会計STRAC
| 項目 | 従来の会計 | 戦略会計STRAC |
|---|---|---|
| 在庫の扱い | 在庫を作ると「利益」が出る | 売れるまで「利益」にならない |
| 固定費の扱い | 製品に配賦する | 配賦しない |
| 利益計算 | 作った分で計算 | 売れた分だけで計算 |
| キャッシュ | 利益とズレる | 利益と連動する |
| 経営判断 | 複雑で分かりにくい | シンプルで直感的 |
IT企業での具体例
前述のITシステム開発会社の例を、戦略会計STRACで考え直してみましょう。
前提条件:
- プロジェクト1件の平均販売価格 P:100万円
- プロジェクト1件の平均変動費 vP:30万円(外注費、サーバー費など)
- プロジェクト1件の付加価値 mP:70万円
- 月間固定費 F:800万円(人件費、オフィス費など)
損益分岐点:
800万円 ÷ 70万円 = 11.4件/月
つまり、月に12件のプロジェクトを完了すれば黒字です。
間違った判断:案件数を増やす
従来の考え方:
「40件対応すれば、1件あたり固定費は20万円。80件にすれば10万円に下がる!」
戦略会計STRACの視点:
「本当に80件対応できる?品質は保てる?エンジニアは疲弊しない?」
現実:
- 品質低下 → バグ増加 → 変動費(修正コスト)増加
- エンジニア疲弊 → 残業代増加 → 固定費増加
- 顧客満足度低下 → 契約継続率低下 → 将来の売上減少
結論:無理な案件数増加は、全体最適ではない
正しい判断:mPを上げる
戦略会計STRACが教えてくれる選択肢:
選択肢1:価格を上げる(P↑)
- 付加価値の高いサービスを提供
- 平均単価を100万円 → 120万円に
- 新mP:90万円
- 新損益分岐点:800万円 ÷ 90万円 = 8.9件
選択肢2:変動費を下げる(vP↓)
- ノーコードツールの活用
- 自動化による効率化
- 変動費を30万円 → 20万円に
- 新mP:80万円
- 新損益分岐点:800万円 ÷ 80万円 = 10件
選択肢3:固定費を最適化する(F↓)
- リモートワークでオフィス縮小
- 固定費を800万円 → 700万円に
- 損益分岐点:700万円 ÷ 70万円 = 10件
どの選択肢が自社に適しているかは、戦略会計STRACの式を使って、すぐにシミュレーションできます。
まとめ:今日から実践できる「科学的どんぶり勘定」
戦略会計STRACは、従来の会計手法の問題を解決する革新的なアプローチです。
キーポイント
- 6つの指標:P, vP, mP, Q, F, G
- シンプルな計算式:G = mP × Q – F
- キャッシュフロー連動:利益計算がそのまま現金の動き
- 売れた分だけ:在庫操作で利益を作れない
- 全体最適:部分最適ではなく、会社全体で考える
従来の損益計算書との比較
| 項目 | 従来の損益計算書 | 戦略会計STRAC |
|---|---|---|
| 利益の種類 | 5種類(売上総利益、営業利益…) | 1種類(G:利益) |
| 指標の数 | 10種類以上 | 6種類だけ |
| 計算の複雑さ | 複雑 | シンプル |
| 未来予測 | 困難 | 容易 |
| 経営判断 | 使いにくい | 使いやすい |
| キャッシュ連動 | ズレる | 連動する |
経営者として今日から実践すること
すぐにできること
✅ 自社の主力商品・サービスでP, vP, mPを計算してみる
- 「1個売ると、いくら会社に残る?」を明確にする
✅ 月次の損益を変動費と固定費に分けて見直す
- 「どれが変動費で、どれが固定費?」を整理する
✅ 損益分岐点を計算する
- 「何個売れば黒字?」を明確にする
✅ What-if分析をする
- 「もし価格を10%上げたら?」をシミュレーション
経営企画室の方へ
✅ 主要事業部門の損益分岐点分析を実施
- 各部門の収益構造を可視化
✅ 新事業提案時の採算性検討に導入
- 「この事業、何件受注すれば黒字?」を明確に
✅ 予算策定時の目標逆算計算を標準化
- 「目標利益を達成するには、何個売る必要がある?」
✅ 経営会議資料をSTRAC形式に
- mP×Q-Fの一式で事業性を説明
全社展開のために
✅ 自社のP, vP, mP, Q, F, Gを明確化
- 全社員が理解できる「共通言語」に
✅ 月次でキャッシュフローと利益の連動を確認
- 「利益が出ているのにお金がない」を防ぐ
✅ 部門ごとのmPを比較
- 「どの事業が本当に稼いでいるか?」を見える化
最後に
戦略会計STRACを使いこなすことで、「勘」に頼らない、データに基づいた科学的な経営が実現できます。
一般的な損益計算書の複雑さに惑わされず、シンプルな6つの指標で経営の本質を見抜く。
これが「科学的どんぶり勘定」の本質です。
決算書が読めなくても大丈夫。複雑な簿記を知らなくても大丈夫。
P, vP, mP, Q, F, Gという6つの記号さえ理解すれば、あなたも明日から「数字で経営判断できる経営者」になれるのです。
数字が苦手だった方も、この手法を使えば、経営判断に自信が持てるようになります。
さあ、一緒に始めましょう。
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